県の戦いがあったのです

昔は新潟県と柏崎県と別れていたそうです。
廃藩置県ではあとくされなく相撲で決めようとして新潟が勝ったので新潟県となりまいsた。
この県は穏便に収まった例です。
中にはもめにもめた県もあります。
今の長野県は松本市ともめにもめたのです。
それは今でも市民に感情の中でも残っているようです。
もともと筑摩県庁(松本市)が焼けてしまって、長野と一つにされてしまったという不運がありました。
しかし、昭和23年(1948年)に今度は長野県庁が焼けてしまいました。
これを機に話し合いがはじまります。
北側長野市、議長 30人、南側松本市、副議長 30人
議長は投票権がない
それなら北側が多数決で少なくなる。
しかし議長は欠席、白票があった末に
賛否が同数ではなく過半数に達していなかった場合は議決不成立になりました。